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東大卒の新卒2年目IT系コンサルタントが、フリージャンルで記事を更新します!!!!

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東大を卒業してみて考えた、教育について

教育・学習

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はじめに

 いつも生活に役立ちそうな知恵だったり、個人的な小話だったりを投稿してるけれど、今回は少し真面目に、でも僕がいつも心の奥底で感じていることを伝えることが出来ればと思う。

最後まで読んでくれると、嬉しい。

親のエゴで子供が死ぬ時代

名古屋小6殺害:「受験勉強しないから」逮捕の父が供述 - 毎日新聞

「受験勉強をしなかったから刺した」

こういう風に育って欲しい、とかいろんな思いはあるとは思うけど、そういう親のエゴみたいなものが生んでしまった悲しい事件。

殺人を犯したことに関してはいかなる理由でも弁明の余地はないが、受験戦争社会が引き起こす弊害は形を変えて至る場所で顔を出してしまう。 

  

「いい大学」が神格化される理屈

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身につけた基本的な知識と考える力を駆使することによってより高度な学習へと移行することができる。

 

どれだけ知識と考える力が身についているかを測る指針がテストである。

 

このテストというものは、点数という定量的な形で、個人の成果を比較することを可能にする。

 

学校の類の組織は、組織に入るに足る知識や考える力が備わっているかどうかを定量的な基準によって判断するためにテストを課す。

 

ここに問題がある。

 

考える力と教養を備えていれば確かにテストで高得点を叩き出すことができるが、考える力がなくともテストで高得点を取ることが可能だということである。

(要は解き方を暗記すればいい)

 

つまり、テストで高得点を取るグループには、

・考える力と教養がある

・考える力はないが解き方を暗記している

という2つのグループが混在し、テストの結果によってその2者を分類することができない

 

考える力と素養があれば当然受験勉強なんて取るに足らないものだから、受験で成功する程度の学力を得るのにはそんなに苦労しない。

 

だから、結果的にそういう人たちはいわゆる「いい大学」に行く。

 

そしてやっぱりそういう人たちは社会に出て行きそれなりにいい結果なりを残していく。

 

それを見た周りの人たちは、いい結果を残していったり、何かを成し遂げたりしたことを学歴と結びつけて考えてしまう

 

当然自分の子供にもそういう人生を歩んで欲しいという欲が出てくるのが親である。

「なんとかいい大学に行かせるために勉強させなければ」

と、こう考える。

こういう人たちが増えていき、「いい大学」は神格化される。

 

学歴で人を選ぶのが合理的だからこそ難しい

上述のように、考える力と素養があれば、自ずと「いい大学」に行くことができる。

だから、これは事実に基づくものではないかもしれないが、企業が考える力のある人材を欲した時に、いい大学から人選を行う方が当然その確率は高まる。これは合理的だ。

しかしながら、これが合理的であることによって、「いい大学」の神格化はさらに進む。

「いい大学」に入れば、大企業に入れる、いい会社に入れる、という具合に。

こうして社会は本質を見失っていく。

 

 

教育に感じた違和感

 

東大に入ったときに衝撃を受けたのは、小さな頃から塾に通っていた人の数があまりにも多かったことだ。
文部科学省のデータによると、2002年に学習塾に通う小学二年生の割合は10%を超えている。
 
各国との比較データみたいなものがパッとは出てこなかったので日本が異質だ、なんで議論をするつもりはないが、それにしても10人に1人が学習塾に通っている(2016年はもっと多いのかもしれない)というデータは受験戦争が過熱していることを裏付けるものだと納得せざるを得ない。
 
確かに勉強内容を教えることはある意味重要なのかもしれないけれど、そうは言っても物心がつく前の子供を半ば無理矢理に学習塾みたいなところに通わせることは、本当にあるべき姿なんだろうかと、違和感を感じずにはいられなかった。

教育とは

個人的に教育とは、考えることの楽しさを広めていくことだことだと思っている。

 

それによって、子供が考える能力を伸ばすための手助けをすることが出来る。
 
でも 一般的に教育っていうと、何らかしらの知識を教えることだと捉えられている気がする。
 
専門的な知識を教えることは正しく教育だし、それを否定するつもりは全くないが、
この側面が全面に押し出され過ぎている感は否めない。
 
教育とは何かという質問は少し哲学過ぎるかもしれないけれど、少なくとも子供世代を育てていく大人世代が、教育するとはどういうことだろうと真面目に考える必要があるのではないかと思っている。

 

幼稚園を作りたい

考える力がないと生きていくことができない世の中だ。

これは受験勉強を教えていくだけでは十分ではない。

受験勉強に勝つことこそ正義という風潮が蔓延している世の中だからこそ、真に考える力を持った子供たちを育てて、そしてそういう子供たちが大きくなり世界を支えていかなければならないと思う。

そのために大事なことは物心がついた後に知識を詰め込むことではなく、物心がつく前に好奇心を育むことだと考えている。

しかしながら日本の場合、小さな子供を教育するという意識ではなく、親が働くのを妨げないようにどこかに預けたいという意識がものすごく強く働いていると感じている。

だからこそ近いうちに幼稚園をつくって、世界に羽ばたく子供たちの好奇心を育むことができれば、と思っているし、そういう考えに賛同してくれる人も探している。

 

まだまだ道のりは長い。。